約束だって破りたい

よるになればねる

いつか離れる日が来ても

 

※ペットの命に関わる内容です。

見る人によっては、悲しいことを思い出したりしてしまうかもしれません。公表しておいて何ですが、以下の閲覧は自己責任でお願い致します。自分自身が忘れないために、文字に起こそうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今朝、飼い猫が死んでしまった。

うちに来た時点で推定3歳。そこから12年を共に過ごした猫だった。

 

たまたま休みで、その瞬間に立ち会うことができ、「今までありがとう」と伝えることもできた。本当にいいこだった。

 

 

 

 

12年前の寒い朝、彼はまだうちの家の前に座る野良猫だった。登校するためにドアを開けると、堂々と座る彼と目が合ったのを今でも鮮明に覚えている。

まだ小さくて、「野良猫=ひっかく・凶暴」というイメージがあった私。ただ野良猫というだけで怖いのに、彼はものすごいガタイのいい猫だった。小さい私と妹がダッシュで逃げるぐらいには。

 

そんな仕打ちにも怯まず、彼は「どうか家に入れてくれ」と言わんばかりに、朝から夜までずっと家の前にい続けた。ドアを開けようものなら自ら入ろうとするから、入れないようにするのに手間取ったのも覚えている。

結局、仕事から帰ってきた父が根負けし、家に入れられ風呂に入り、たくさんご飯を食べて、翌朝にはすっかり我が家の一員だった。拾われた晩に父の布団で眠っており、なんて世渡りの上手な猫なんだと驚いた。

 

 

 

野良猫時代はボサボサだったので知らなかったが、意外と短毛で丸っこくて、顔からもいい奴オーラがにじみ出ている猫だった。

温厚で人懐こく、長年連れ添ったが、彼が声をあげて起こるのは片手で足りるほどしか見たことがない。それこそ予防接種の時ぐらい。

エアコン工事のお兄ちゃんにも愛想よく挨拶していた。家に親戚が集まろうものなら、一人一人に擦り寄り挨拶をしてまわり、みんなが帰った後にドッと気疲れして眠り込んでいた。人間かよと家族みんなから笑われて、労をねぎらわれていた。

 

 

短所といえば意地汚いところで、冷蔵庫の扉が開く音でどこにいても台所に駆けつけてきた。うちは彼を含め2匹の猫がいるが、同じタイミングでエサをあげると彼が2匹分食べ尽くしてしまうので、離してエサを置いたりした。

猫のくせに肉やチーズが好きで、晩御飯の時は必ずテーブルの近くにいて「なにかくれ」と目線で訴えてきた。大好物だと手が出てきて度々母に叱られていた。父がコーヒーを飲むと自分も同じタイミングで牛乳を飲みたがった。あまりにも続くので、そのうち彼専用の牛乳皿ができた。

 

 

 

家族の真ん中にいる猫だった。

 

 

母の膝と布団で眠るのが大好きで、私と妹の膝にも時々サービス程度に来てくれた。命の恩人とも言える父のそばにずっといて、「お付きの猫」なんて言われたりした。父が夜更かしすれば明け方まで隣でずっといて、抱っこ嫌いのくせに父が抱っこすると仕方なさそうに抱かれていた。父と私や妹が喧嘩すると、父の代わりに謝るように、そっと私たちの方へ来て寄り添っていた。

仕草もまるで人間みたいで、家族でアテレコして話すのがお決まりだった。アテレコ中の彼は何故かコテコテの大阪弁だった。 

彼のことを話している間、家族の時間がよりあたたかかった。もう、家族の一員だった。

 

 

 

 

まだ暖かいうちに、と抱っこした体には力が入っていなくてだらんとしていた。抱っこ嫌いで、抱きしめると腕に力が入って拒否してくることもなかった。ようやく収まっていた涙がまたとめどなくあふれた。

抱きしめた重さの違いに、もう彼はここにいないんだと実感したのだ。

 

 

それから今の今まで泣き続けて、収まったと思ったらまた、大好きだったお昼寝シーツやエサの皿を見て泣いた。気分転換に洗い物をしに行ったら彼の牛乳皿が洗い場に置いてあって泣いた。

 

昨日まで確かに彼がそこにいた。もういない。

それが全く受け入れられなくて、ものすごく切ない。もう夕ご飯の時に散々肉をねだられることがない。もう1匹の猫にくっついて眠り、もう1匹から「すごいめんどくさい」みたいな顔で見られることも。

 

 

 

 

泣き尽くして、ふと、彼の死のせいで自暴自棄になったり、生活を疎かにするのはダメだと思った。きっと彼は悲しむから。

彼が大事に守ってくれた家と家族を、彼に守られた私たちが崩してしまってはいけない。そう思って、さっき朝昼兼用のご飯を食べた。

 

同じく猫を飼っている友人に思わず連絡した。忙しい時期なのに落ち着くまで話を聞いてくれた。「ありがとう」と彼に告げてくれた。また泣いた。

 

 

今これを打ちながらまた涙が止まらない。

あまりにも突然の別れだったから、もしかしたら本人もびっくりしてその辺をうろちょろしているのかもしれないなと思う。

家族みんなのいる時間を選んで、前日までそんなそぶりを見せず、本当にいい奴だと心から思う。どうかわたしは忘れないようにするから、これからもきちんと生きるから、虹の橋のふもとで暖かく過ごしてほしい。時々晩ご飯の時、おばけでもいいよ、帰っておいで。

 

12年間。ほんとはずっと一緒にいたかった。

今までほんとに、本当にありがとう。